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笑顔は最高の魔法 ~Japanese Animation Review~

2015 01/31

純潔のマリア 第3話「FIDE,NON ARMIS 武器ではなく信仰で」感想

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お目付役のエゼキエルと神父に早速ケンカを売るマリア。
武器でもなく信仰でもなく、ありのままの気持ちでやっちゃうのがマリアでしょうか。


天使に監視されたり、処女を失うと魔法が使えなくなるという制約が勝手につけられる中、エゼキエルの目を盗んで戦いを止めるマリアが愉快ですね。
ジョセフの言うように、マリアが悪い事をしているようには思えませんが、版図を広げる一神教の神の摂理には合わないのか、当のマリアには迷惑な話だと思います。

恭順する事を進めた修道士にも、杯の中身をぶちまけてお断りしたマリアですが、杯に注がれたものはキリストの血という考え方もある教会にとってはケンカ売られたような側面もあったマリアの対応でした。
現実的は修道士なので、今はマリアを利用していずれ邪魔となれば火あぶりにでもするんでしょうか。
私にはとんでもなく腹黒い修道士に見えましたが、そんな彼がマリアの行いを見続ける事で、変わっていくかもしれない可能性を匂わせているのが、今後の見どころの一つになるのかもしれませんね。

同じ事が、エゼキエルにも言えると思いますが、なぜそう思うかというと、このマリアは農作業か牧畜に使うような杖を持っているからです。
キリスト教以前のフランスやヨーロッパ、エジプト北部など広範囲に信仰されていた黒い聖母というのがあって、かつてその豊穣の信仰の対象がマリアと呼ばれ、キリスト教にも吸収されたと言われています。
作中のマリアの服装が黒かったりするのも、黒い聖母から来ているのかもしれないと思うと、面白く感じますね。

そして豊穣の信仰対象を聖母マリアとして吸収しなければならなかった一神教のなりたちの時代背景にも思いが及んだりして、そんなところも面白い作品だと思います。
だからこそ、修道士もエゼキエルも、ひょっとしたらミカエルもマリアのやり様を無視できない、或いはそれによって彼らの信条や考え方に、何かしらの変化が起こる可能性があると思います。

イングランドとフランスの戦う世界が今のところお話の舞台となっていますが、ケルト神話の狩猟神が出て来たり、作者さんは色々調べた上で作品化されたのを感じます。
ラストにマリアのところに現れた狩猟神が、彼女に向かってまたいつもの事が繰り返されているだけだといっていましたが、今までもマリアのような事をした者が一神教に潰されてきたのかもしれませんね。

そしてそこに、少なからず一神教以前の古い神々や信仰が関わっていたのかもしれないと思うと、そんな古い信仰から最後にやってきたマリアが版図を広げる方便になりかけている一神教に、どんな風にこれからケンカをふっかけて行くのか楽しみに思います。

神話とか呪術など結構好きな分野なので、ちょっと違った見方でこの作品を楽しんでみる事にしました。
それだけの設定がある作品だと思うので、次回も楽しみにしています。


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COMMENT

  • No.246 マリア!

    甘エビ様

    いつも楽しく読ませて頂いております。
    原作未読ですが、この作品は仰る通り、ヨーロッパ中世をよく調べて描写していると思いました。戦争シーンも考証が行き届いていると感じましたが、宗教的な面もです。土着の自然信仰が世界宗教に敗れていく過程を描いているように見えます。
    猪を裁判にかけて絞首刑にするシーンが描かれていましたが、「動物裁判」ですね。こんなものまで出してくるとは驚きました。ヨーロッパの農村部にキリスト教が浸透したのは意外と新しいことで、中世末までかかったと言ってよいようです。自然信仰が根強かったため、それとの戦いが教会にとっての大きな仕事でした。日本でも鹿や猪、猿などが神の使いや神の化身とされていますが、かつてのヨーロッパでもそうだった模様です。動物が信仰の対象ではなくキリスト教秩序の支配下にあることを示すための手続きとして動物の裁判を行ったと考えられています。
    魔女や魔法は自然信仰の一部とも捉えられますが、マリアが黒い聖母だとは! これには気が付きませんでした。さすが慧眼ですね。ひとが生きるのに生命力、豊穣が不可欠なのは勿論です。元気いっぱいなマリアには豊穣の女神の名がふさわしい気がします。登場したケルヌンノスには既に諦観が漂っていましたが、これからマリアはどうなるのでしょうか。マリアは教会に恭順しようとはしていませんでしたが、のちの歴史を知っている我々から見れば敗北が運命づけられているようにも思います。作者はどんな結末を用意しているのか目が離せません。

    投稿者:縄文人 2015/02/01 (日) 22:00 [ 編集 ]
  • No.247 縄文人さん、こんにちは。

    久しぶりにコメントいただいて、ありがとうございます。
    趣味の範囲を出ない知識を元にレビューしてるので、マリアが黒い聖母をモデルにしたキャラと断定はできませんが、動物裁判やキリスト教の浸透が中世末までかかった等、縄文人さんもなかなかお詳しいですね。

    マリアがどうなるのか、作品の最後の着地点に注目して見ていきたいと思います。

    投稿者:甘エビver.2 2015/02/02 (月) 06:37

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